逗子・小坪の高台にある「N邸 N-Café」。オープンエアの隠れ家として、知る人ぞ知る湘南の人気スポットだ。営業は金・土・日・祝日の完全予約制。店にいたるアプローチは少し秘密めいているが、小坪湾を眼下に望むロケーションは、開放感でいっぱいだ。
(→前編から続きます)
店主の住吉由美さん(38)が腕をふるうメニューは、「鹿児島地鶏のラタトゥイユ」「鎌倉野菜のサラダ」「自家製ピクルス」と、気取らない家庭料理が中心で、デザートとなるケーキも、みずから焼き上げる。初夏は、鮮やかな黄色をしたマンゴーケーキに、庭のミントを使った自家製モヒートが、窓からの眺めによく似合う。
「マンゴーケーキは、この季節なら、なんか、マンゴーが食べたいなあ……と思って、そこから考えた一品です。プリンやムースも試作したのですが、ありがちかな、と自分で満足できなかったので、グルテンフリーのレシピを編み出して、ホールケーキでいきました」
住吉さんは東京・阿佐ヶ谷に拠点を持つコンテンポラリーダンスのカンパニー「ナチュラルダンステアトル」のダンサーという顔も持つ。ダンサーは身体表現のプロであり、食べ物と健康には敏感だ。
とはいえ、カフェは決してストイックな空間ではない。メニューに並ぶのは、鎌倉野菜のキーマカレー、ぶってり麺(オリジナルのイタリアン冷やし麺)、桜のおにぎりなど。さりげないラインナップながら、いずれも、きちんと計算された味のバランスがあり、そこに住吉さんの仕事に対する姿勢を感じる。
ダンサーとカフェの運営者という、ふたつの顔をつなげているのは、舞台制作を通じてつちかった「場をつくる精神」だという。
「私が所属しているカンパニーは、定例的な公演活動のほかに、小学校の体育館でのパフォーマンスや、国内外でのワークショップも催しています。踊るだけではなく、衣装や舞台装置、ときには映像も、すべてをメンバーが自分たちで手がけます。私自身もコスチューム制作やスタイリングが大好き。三次元の世界を、総合的につくりあげていくことが楽しいのです」
コンテンポラリーダンスは、法則性の高いバレエの先に誕生したもので、現代音楽の先鋭的な感覚とともに、表現も前衛的で、ときに難解だ。小さいころからクラシックバレエの技法とともに、モダンバレエを習い続けた住吉さんが、既存のルールにとらわれないコンテンポラリーダンスを選んだのは、「ひとえに自分を自由にしてくれるものだったから」という。
前編で記した通り、5歳と8歳の男の子の子育て中でもある住吉さんを、カフェ運営に導いたのは、姉の佐々木麗子さん(42)だった。美術大学で絵画と映像を学んだ佐々木さんは、映画や広告など映像美術にたずさわる。姉妹はそれぞれ、フリーランスの仕事をベースにしながら、海を望むカフェという、もうひとつの場所を得て、生き方のバランスをとっている。
「フリーランスの仕事は、責任がすべて自分にかかってきます。そこが面白さにつながるわけですが、気を付けていないとエンドレスになって、自分を追い詰めてしまうことも。私の場合は、海のそばに『自分の帰る場所がある』と思えることが、心の健康を支えてくれています」
そう語るのは、佐々木さん。住吉さんは、その気持ちをまた別の言葉で表す。
「海と山が目の前にあって、小坪漁港からの風が抜けてきて、緑に囲まれて。このカフェは、そんな空気感、風景とともに、自由な生き方を、見た目で体感させてくれる場所。ずっと大事にしていきたいですね」
そう。ずっと、大事に守ってもらいたい。
N邸N-Café
神奈川県逗子市小坪6-6-46
電話番号:0467-95-8749
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PROFILE
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清野由美
ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、92年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、『観光亡国論』(アレックス・カーと共著・中公新書ラクレ)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。
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猪俣博史(写真)
1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。
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ずっと大事にしたい、わたしを自由にしてくれる場所 「N邸 N-Café」 - 朝日新聞社
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