自身の競技人生と、コロナ禍の五輪を重ね合わせているかのようだった。23日に開幕した東京五輪。開会式終盤、日本選手団の主将で陸上男子短距離の山県亮太選手(29)=セイコー=は、五輪旗を左手につかみ、選手宣誓した。「スポーツを通じて世界をより良い場所にするために、このオリンピック競技大会に参加することを誓います」。暗闇のトンネルはいつかは終わり、光が差すことを知っている。(森合正範)
◆社会人1年目から故障の連続「明るい未来信じて」
社会人1年目の2015年は腰痛に苦しんだ。「もう自己記録(当時10秒07)は更新できない」。そんな思いが心を占める。広島市の実家に帰り、父の浩一さんに初めて弱音を吐いた。
「もう駄目かも…」
父は辛そうな顔をする息子の話を黙って聞いた。治療で長期離脱。絶望感の中、山県選手は必死に心を奮い立たせた。「毎日のように新幹線に乗って治療を受けに行く。やれることは全部、全力でやろう」
翌年復活。16年リオデジャネイロ五輪100メートルで自己記録を10秒05に塗り替え、400メートルリレーの銀メダルに大きく貢献した。
その後も光が差す時間はわずか。暗闇で模索している時間の方が長かった。17年は右足首痛、18年日本選手権で優勝を遂げたと思ったら、19年は背中の痛みや肺気胸を発症。昨年は右膝を2度痛めた。2年間ほとんど走れず、光が全く見えなかった。
「故障はしんどい。でも必ずそこに成長するためのきっかけが隠されている。復帰後の明るい未来を想像して信じて頑張ってきた」
◆苦難乗り越え日本記録、五輪主将
そして今年の6月6日。100メートル9秒95の日本記録を樹立。まばゆいばかりの光を浴びた。
主将のオファーが来たとき「自分でいいのかな」と迷いもあった。だが「一生懸命プレーする姿を前面に出していくことに意味がある」と大役を引き受けた。
「うまくいかない時でも楽しい気持ちを持ち続けながら取り組むことができた。五輪を見る方にとっても、気持ちが明るくなるきっかけになれば」
いまだ先行きが見えず、暗闇に包まれた世界。だけど、少しでも前向きになれれば。一歩でも踏み出せたら。その先には必ずや、光が待っている。
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