
戦後最悪の火山災害となった御嶽山の噴火から7年。行方不明者の家族が初めて規制エリアに入り、再捜索しました。娘を亡くしたある女性は、初めて慰霊登山に臨み、“あの日娘がいた場所”を目指しました。大切な家族を失った悲しみは、時が経っても癒えることはありません。
9月26日早朝、降りしきる雨の中、御嶽山の頂上を目指して登る2人の女性。 愛知県一宮市に住む丹羽眞由美さんと所喜代美さんです。7年前の噴火で、愛する娘・丹羽由紀さんと息子の所佑樹さんを亡くしました。当時、2人は結婚の約束をしていました。 「由紀ちゃん…、由紀ちゃん…」(丹羽眞由美さん) 娘の名前を呼び続け、一歩一歩踏みしめながら登っていきます。
実は丹羽さんは7年目にして初めて慰霊登山に臨みました。26日の慰霊登山は規制区域になっている尾根筋「八丁ダルミ」へ遺族や行方不明家族が足を踏み入れることを許された特別の日でした。 しかし、容赦なく降り続ける雨に丹羽さんは体力と気力を失いかけていました。
2人の様子を見守るのは、祐樹さんの父・所清和さん。 「もうかなり限界には来ていると思う。だけど由紀も頑張ったんだからっていう信念というか、それで前に動いていると思う」(祐樹さんの父 所清和さん(59))
一緒に頂上まで行こうと丹羽さんに手を差し伸べるのは、未だ行方不明の甥を探し続ける野村正則さんです。
8合目の避難小屋までやっとたどり着きましたが、午前11時半までに王滝山頂へ着かないといけないため、時間切れと体力の限界で断念せざるを得えませんでした。 「すみません。どうもご迷惑をおかけしました。ありがとうございました」(丹羽眞由美さん)
避難小屋の中で疲れた体を癒やす、2人の母親。 「次も行けるところまでだね?」(所喜代美さん) 「今も行けるところまで…。由紀ちゃんの名前言ってなかったら登れなかったかも…。ここまで来られなかったかも…」(丹羽眞由美さん)
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