
40歳を過ぎてから軽度のADHD(注意欠如・多動症)と診断された小島慶子さん。自らを「不快なものに対する耐性が極めて低い」「物音に敏感で人一倍気が散りやすい」「なんて我の強い脳みそ!」ととらえる小島さんが綴る、半生の脳内実況です! 今回は、恋人ができるたびに、相手と同化して自分を消してしまいたいと願っていた20代の恋愛を綴ります。 (これは個人的な経験を主観的に綴ったもので、全てのADHDの人がこのように物事を感じているわけではありません。人それぞれ困りごとや感じ方は異なります) 【イラスト解説】発達障害とは? もし「発達障害かも」と思ったら?
誤解されがちな「自己肯定感」
人に言われて困ったなあと思う言葉に「小島さんは自己肯定感が高いでしょう」というのがあります。自己肯定感という言葉は誤解されていて、自己陶酔やナルシシズムと同一視されがちです。テレビに出るのは、そんな人たちと思われているようですね。 でも本当に自分に満足している人なら、わざわざ人前に出てきて、他人にあれこれ言われるような仕事には就かないでしょう。ものを書いたりもしないでしょうし。むしろなんらかの不全感があるから、人一倍コミュニケーションに関心を持つようになるのではないかと思います。 毎度「いえ私、自己肯定感が低いんですよ」と言うのも面倒なので、「はあ」とか「いえいえ」とか言ってやり過ごしていますが、そう尋ねる人の言葉つきにはどことなく軽侮やからかいが含まれていて、あまりいい感じはしません。何のためにそんなことを聞くのか、私に何を言わせたいのか、興味深いです。 もちろん、自己肯定感が高いのは素晴らしいことです。自己肯定感とは、ありのままの不完全な自分を受け入れ、認めることができること。自分を大切にできれば、他人も大切にすることができますよね。私も息子たちに「あなたを心から歓迎するよ。あなたはそのままでそこにいていいんだよ」と伝えることを心がけてきました。 中には、子どもの頃にいろいろな事情で自分を受け入れることができなくなってしまった人もいるでしょう。最近は「自己肯定感を高めよう!」とよく言われますから、自分を好きになれない自分はダメ人間なのかと落ち込むこともあるかもしれません。自分大好き人間を馬鹿にする一方で、自分を好きにならないとダメだよと煽(あお)るのですから、いったいどっちだよ!と言いたくなりますよね。 でも、自己肯定感が低いと人生おしまいというわけではありません。自分を好きになれなくても、多少は信用できそうだと思えれば、なんとかやっていけます。小さなことでも目標通り何かを成し遂げる経験を積むことで、案外凌(しの)げるのです。自己効力感と言ったりもするようですね。 私の場合は、今から皿を洗うとか床を掃除するとか、すぐにできる小さな目標を立て、実行したら自ら激賛するというやり方で、実績を積んでいます。できなかったことよりできたことの方に注目するだけでも、まあよしとするかと思えます。
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